15才で社会に出た最初の日の、非常識としか思えない自分の行動を振り返って思う事


From 吉良 洋

大阪オフィスより

 

今年55才になる私の経歴は、

コンサルタントプロフィールにも書いているが、

社会人としてのスタートを切ったのは、

15才の夏だった。

 

地元の高校に進学したが、

学校や家庭の既成概念に縛れている

堅苦しさや窮屈感に嫌気がさし、

1年の夏休みに退学を決意。

夏休み明けに、自分で退学届けを出して退学した。

 

学校を退学した日に家も出た。

何もあてがあった訳ではないが、

全財産4000円を持って、

最寄りの駅から私鉄電車に乗り、

その電車で行ける所まで行った。

 

生まれて初めて辿り着いた駅を出て、

周辺を見渡すと、駅前にパチンコ屋があったので、

そのパチンコ屋に飛び込んだ。

 

なぜパチンコ屋に?・・・

 

今から約40年前。

当時のパチンコ店には、

どこからともなく流れ着いた、

訳アリの人達が住み込みで働いているという話を

聞いたことがあったので、

「今日からここで、住み込みで働こう」と思い、

店に飛び込み、店長さんに取り次いでもらった。

 

「今日から住み込みで働かせて下さい」

と申し出ると、店長さんはいぶかしげな表情で、

「君、いくつや?」

「はい、18才です」

「嘘言うな!ほんまはいくつや?」

「はい、15才です」

「あかん、あかん、帰れ!」

「いえ! 帰る訳にはいかんのです。今日から住み込みで働かせて下さい」

「あかん、あかん!」

「何とか!・・・」

 

2時間くらいそんな問答をしたが、

結局追い返された。

 

それから1時間くらい経って、

「今度は自分からは絶対帰らない!」

と決心して、再度同じパチンコ屋さん飛び込んだ。

 

「今日から住み込みで働かせて下さい」

「あかんって、言ってるやろ!」

「何とか!・・・」

 

無視されても、断られても、

ずっと粘っていると、

ついに店長さんが、

 

「2階がレストランだから、

そこで修行して手に職をつけろ」

 

という事で、学校を辞め、家を出た日に

就職先と住む場所を見つけて、翌日から働きだした。

今の時代では有り得ない事だと思う。

 

超説得型だが、

その時が自分自身を一生懸命売り込んだ

最初の機会だといえる。

 

その事がきっかけで、料理の仕事に興味を持ち、

2年弱働いて貯めたお金で専門学校に進み、

家に戻り、本格的に料理の仕事に励んでいった。

 

今思い返しても、なぜあの時、家出少年に対して

「レストランで修行して手に職をつけろ」と

言ってくれたんだろうと思う。

 

その後、コックとして成功を目指す事より、

自分の店を持ちたいという目標が生まれ、

一気に資金を稼ごうと、

佐川急便にて、1日19時間~21時間労働という

過酷な労働で資金を貯め、23歳の時、焼鳥屋で独立した。

 

その1年後「成功哲学」と出逢い、

知識が無いなりに懸命に勉強する中、

新たな夢と目標が生まれ、

その実現の為に「セールス能力」を磨こうと決意。

26才を迎える少し前に、

フルコミッション・セールスの世界に飛び込んだ。

 

そこで出逢ったのが質問型営業の開発者、青木だった。

 

それ以来29年、

今も青木と共に営業を極めるべく日々を積み重ねている。

 

人の人生は、自分の意思で決定されるものではあるが、

その都度々々、出逢った人とのご縁で成り立っているものだと、

つくづく思う。

 

営業という仕事ほど、多くの人と出逢える仕事はない。

人生は、人とのご縁で成り立つものなら、

営業ほど、多くのチャンスに満ちた仕事はないと

つくづく思う。

 

営業を通して、人生が変わる出会いをしたという方を

少なからず知っている。

 

皆様に良き出逢いがある事を祈念します。